「2日で40キロ超」が出た瞬間、有吉ゼミの空気が少し変わった件

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正直、この企画はもう分かりきっていると思って、最初はちゃんと見る気がありませんでした。

大食い企画は結果が見えているし、挑戦者が誰であっても「完食するか、苦しむか」の二択に収束するからです。

今回はアスリート軍団や常連の顔ぶれが並び、驚きよりも段取りをなぞる感覚のほうが先に立っていました。

予想がズレたのは、ギャル曽根一家の家族旅で「2日間で40キロ超」という数字が出た直後です。


数字そのものは派手だが、誰も強く疑わず、説明も深掘りされない。

そのまま映像が進み、量の異常さよりも「日常として処理された感じ」だけが残った感じがしました。

挑戦でも記録でもなく、生活の一部として置かれた瞬間、この空気の変化は、盛り上げようとした演出ではなく、逆に演出を引いた結果に近いくて、驚かせる言葉を足さず、否定も補足もしない。

その沈黙が、数字の大きさよりも印象に残った回でした。

“よく食べる家族”では説明しきれない曽根家の日常

ギャル曽根の家族は、単に「みんなよく食べる」で片づけられる範囲を超えていました。


母曽根は生クリーム好きで、孫の誕生日ケーキを半分食べてしまうことがあるという話から、この日も朝からホールケーキを注文していて、正直少し引いちゃいましたね。

一方弟曽根はギャル曽根と2人でピザ20枚・7.4キロを完食するなど。曽根家では、大量摂取がイベントではなく、選択肢の一つとして存在していることが伺えます。

だから「2日で40キロ超」という数字も、誇張として処理されなかったんだと思います。

驚くより先に、日常の延長として流れていくその感覚が、企画の軸を「挑戦」から「生活」にずらしていたように感じました。

有吉ゼミ/ギャル曽根一家の“大食い企画”が特別に見えなかった理由

一方で、引っかからなかった人もいそうなのは、数字の扱いが軽かった点ですね。

40キロという量がどれほど異常なのか、比較や基準が提示されないまま進むため、凄さを測る物差しがないく結果として、通過点として見えた可能性もあります。

私はこの曖昧さが少し面白かったが、強い印象を残さずに終わった人がいても不思議ではないと思います。

ギャル曽根一家「2日で40キロ超」は本当なのか?数字が軽く扱われた理由

「2日で40キロ超」という数字が出たとき、事実かどうかを厳密に確かめようとする空気は番組内にありませんでした。

通常であれば、量の内訳や測定基準が説明されてもおかしくない数字だが、この場面ではそうした補足は省かれていました。

この数字が軽く扱われた理由は、誇張を疑われなかったからというよりも、曽根家の食事風景がすでに“異常値として処理されていなかった”からだと感じます。

大量に食べること自体がイベントではなく、家族の日常として映されていたため、数字だけを切り出して強調する必要がありませんでした。

また、検証や比較が入らなかったことで、視聴者側も「本当かどうか」を判断する余地を与えられないまま流れに乗せられる構造になっていて、疑う材料も、信じる根拠も提示さておらずその曖昧さが、挑戦企画ではなく生活密着企画として成立していた理由でもありますね。

結果として、「40キロ超」という数字はインパクトを持ちながらも、強調されすぎず、否定もされず、説明もされないまま通過しておりその扱い方自体が、この企画の空気を象徴していたように思います。

まとめ

  • 見ている人それぞれでいろんな感想がありそうな回になった。
  • “よく食べる家族”では説明しきれない曽根家の日常を知ることになった今回の企画で、日常の延長として流れていくその感覚が、企画の軸を「挑戦」から「生活」にずらしていたように感じた。
  • 「40キロ超」という数字はインパクトを持ちながらも、強調されすぎず、否定もされず、説明もされないまま通過しておりその扱い方自体が、この企画の空気を象徴していたように思う。

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