有吉ゼミでギャル曽根が大食い企画に登場すると、毎回のようにSNSではこんな空気が流れる。
「またギャル曽根か」
「さすがに食べすぎじゃない?」
「これ大丈夫なの?」
ところが不思議なことに、実際には大きな炎上にはならない。
むしろ放送が進むにつれて、「安心して見られる」「結局この人はすごい」という評価に落ち着いていく。
なぜギャル曽根は、毎回“叩かれそう”で“叩かれない”のか。
「またギャル曽根?」が炎上にならない理由
大食い企画は、本来かなり炎上しやすいジャンルだ。
健康面への不安、無理をしているように見える演出、真似する人が出るリスクなど、批判されやすい要素が揃っている。
それでもギャル曽根の場合、「やらされている感じ」がほとんどない。
本人が楽しそうに食べ、苦しさを誇張しすぎず、完食できなくても無理をしない。
この余裕のある振る舞いが、視聴者に「心配」より「納得」を先に感じさせる。
視聴者が“敵意”を向けにくいキャラクター
SNSで叩かれにくい理由は、記録や量ではなく人柄の見え方にもある。
・周囲へのリアクションが丁寧
・店や料理へのリスペクトがある
・驚かれても偉そうにしない
大食いタレントというより、「食べることが好きな人」として映るため、「すごすぎて鼻につく」存在になりにくい。
結果として、批判よりも「この人は別枠」「普通の人が真似する話じゃない」という空気が共有されていく。
「結果が分かっていても見る」安心枠
ギャル曽根の大食いは、勝つか負けるかを楽しむ企画ではない。
視聴者は最初から「だいたい完食するだろう」と分かって見ている。
それでも見続けてしまうのは、
・どんな料理が出るのか
・どんな空気で進むのか
・周囲がどう驚くのか
という過程そのものが安心して見られるからだ。
炎上しにくいのは、「想定外」が起きないからでもある。
叩かれない=無風、ではない
誤解しがちだが、ギャル曽根は無関心な存在ではない。
放送前後には必ず名前が検索され、SNSでも話題になる。
それでも荒れないのは、「ツッコミどころがあっても、本気で怒る理由がない」という絶妙な立ち位置にいるからだ。
結果として、「またギャル曽根か」と言われながら、「でも結局見ちゃうよね」で話が終わる。
普段の食事を知ると、だいたい腑に落ちる。
▶︎ 【有吉ゼミ】ギャル曽根は普段何を食べてる?太らない理由につながる日常の食事習慣
放送前から見えている“いつもの結末”
今回の『有吉ゼミ』でも、放送前の段階から「またギャル曽根出るのか」という声は出るだろう。
ただ、その多くは批判というより、様式美に近い前フリだ。
そして放送後には、いつものように「やっぱりすごい」「安心して見られた」という評価に落ち着く。
ギャル曽根が叩かれそうで叩かれない理由は、派手な演出でも、特別な擁護でもない。
“無理をしていないように見える大食い”を、長年積み上げてきたこと。それに尽きる。


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