1991年のデビューから35年、新日本プロレス一筋で戦い続けた天山選手。G1 CLIMAX3度優勝、IWGPヘビー級王座4度獲得、小島聡との黄金タッグ「テンコジ」など、数々の伝説を残してきました。
引退試合は2026年8月15日・両国国技館。この記事では天山広吉の経歴・実績・引退の理由・引退試合の情報を全てまとめました。
天山広吉のプロフィール・基本情報
天山広吉の経歴・実績まとめ
1990年3月に新日本プロレスへ入門。入寮2日目に夜逃げするも同年5月に再入門という異色のスタートを切り、1991年1月にデビューしました。その後は新日本一筋35年、数々のタイトルを獲得してきました。
🏆 G1 CLIMAX 3度優勝(2003年・2004年・2006年)
🥊 IWGPヘビー級王座 4度獲得
🤝 IWGPタッグ王座 12度戴冠(テンコジで多数)
🌍 NWA世界ヘビー級王座 獲得
🏅 プロレス大賞 最優秀タッグチーム賞(テンコジ)
「第3世代」として時代を牽引
天山選手は同期の小島聡(55)、永田裕志(58)、中西学(59)らとともに新日本プロレスの「第3世代」と呼ばれ、2000年代の新日本黄金期を支えた存在です。モヒカンヘアーと強面ながら人懐っこいキャラクターで、老若男女から愛されてきました。
テンコジとは?小島聡との黄金タッグ
天山広吉の名を語るうえで欠かせないのが、小島聡とのタッグ「テンコジ」です。
1999年1月4日の東京ドーム大会でIWGPタッグ王座を初戴冠。その後もタッグを組み続け、IWGPタッグ王座を通算12度獲得するプロレス史に残る名タッグとして知られています。2000年のプロレス大賞では最優秀タッグチーム賞を受賞しました。
「テンザン(天山)」+「コジマ(小島)」を合わせた略称。2人の息の合ったコンビネーションとキャラクターの対比(強面の天山×陽気な小島)がファンに愛されてきました。
引退を決断した理由
天山選手は2025年5月に手術を受けましたが、その後の回復が思わしくなく、天山本人から団体に「現役続行が不可能」と申し出て引退が受理されました。
「プロレスラーとして現場で最低限、見せなきゃいけない。お客様に高いお金を払ってもらって対価として見せられる自信がなくなった」
「新日本でやってこれて本当に幸せです」
「プロレスラーになれて良かった」
引退発表に際して「葛藤があった」とも語った天山選手。最後まで現役にこだわり続けた姿勢が、多くのファンの胸を打ちました。引退後も新日本プロレスに所属しながら芸能活動を行っていく予定とのことです。
引退試合の情報
📅 日時:2026年8月15日
📍 会場:両国国技館(東京)
🎪 大会:G1 CLIMAX関連大会
💬 天山コメント:「最後にエキシビションでも試合ができれば」
8月15日の両国国技館はG1 CLIMAXの開催時期と重なり、天山選手が3度制覇したG1の舞台での引退となる予定です。35年間を共に戦ってきたファンへの最後の挨拶となる一戦に注目が集まります。
まとめ
✅ 2026年5月11日、現役引退を発表
✅ 新日本プロレス一筋35年・55歳
✅ G1 CLIMAX3度・IWGP4度・IWGPタッグ12度の実績
✅ 小島聡との「テンコジ」でプロレス史に名を残す
✅ 引退理由:手術後の回復不良・「見せられる自信がなくなった」
✅ 引退試合:2026年8月15日・両国国技館
✅ 引退後も新日本プロレス所属で活動継続
「プロレスラーになれて良かった」という言葉が全てを物語っていますね。8月15日の両国国技館で、35年分の感謝を込めた最後の試合を見届けましょう。


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